北千住

北千住は、日光街道の宿場町として栄えた古くからの街です。松尾芭蕉の奥の細道への出発地として有名で、芭蕉はこの千住宿から日光街道を北上し、奥州へと旅立っていきました。その宿場町通りの舗道には、駕篭や飛脚のイラストが描かれていて、かつて栄えた頃の面影が見てとれます。また、宿場町通りには横山家住宅、名倉医院といった古い家が残されていて、当時を偲ばせています。

 

北千住は、荒川と隅田川に囲まれた下町情緒溢れる街でもあり、住む人の人情味も豊かで、あちこちで挨拶が交わされたり世間話の花が咲いている光景に出くわします。

 

荒川の土手は、いわずと知れたテレビドラマの金八先生のロケ地でもあり、日常的にあのジョギングやサイクリングシーンにも出くわします。

 

そんな北千住の生活を支えているのは、「きたロード1010」、「サンロード」といった古い商店街です。ほかにも商店街はいくつもあり、食料品や日用品の買い物に困るようなことはありません。北千住には、地域住民の足として利用してもらうようにと、路線バスより一回り小さなサイズのバス「はるかぜ」が走っています。「はるかぜ」は、足立区のコミュニティバスで、北千住駅からは、3つの路線が運行しています。

 

北千住は、交通アクセスの良い場所でもあります。都心へ出るにもJR常磐線をはじめ、地下鉄では東京メトロ千代田線、日比谷線があり、私鉄でも東武伊勢崎線、首都圏新都心鉄道つくばエクスプレス線などがあり、一大ターミナル駅となっているのです。それに、北千住駅の南側には京成電鉄も走っていて、成田空港へも1時間弱で行くことができるのです。まさに、西東京の雄とも呼べる正真正銘の下町なのです。

 

 

足立区

武蔵国に存在した足立郡は、大半の地域が現在は埼玉県となっていますが、明治維新後に東京府内であった場所の多くは後に東京都23区の足立区となりました。地形は概ね荒川沿いの沖積低地となり、台地や丘陵地などの高台はありません。平坦な土地は江戸時代から現代に至るまで下町と呼ばれる庶民の住宅街として、多くの人が暮らしてきました。

 

足立区内には古墳時代の遺跡が残り、西新井大師という古刹があります。旧足立郡の鎮守であった氷川神社は、東京都23区内においては特に足立区内に多いのが特徴です。武蔵国一ノ宮の大宮氷川神社の祭神をこの地に分霊して、暴れ川と言われた荒川の激しい流れを鎮めようとしたのです。

 

日暮里舎人ライナーは、東京都23区内においては交通が不便であった足立区の北西部の状況を改善するために新設されたものです。観光名所の西新井大師の西側にも日暮里舎人ライナーの駅が新設されています。
西新井大師の周辺は、古くからの門前町で足立区民に広く親しまれてきました。

 

足立区内にある公園としては、荒川にある千住新橋緑地や、荒川の北側にある見沼代親水公園などが有名です。荒川の千住新橋緑地は、左岸と右岸側の両方にあり、野球などのグラウンドが併設されています。荒川土手や河川敷の風景は足立区民にとってはオアシスのような憩いの場です。住宅が特に密集する下町では、荒川のような広大な土地がある場所は極めて貴重です。

 

荒川の南側にある北千住は、もとは奥州街道と日光街道の最初の宿駅であります。昔ながらの商店街があり、観光客にもよく知られた場所です。松尾芭蕉を語るときにも欠かせない場所で、千住大橋付近には芭蕉の記念碑があります。千住大橋から千住新橋までは散策をするのにちょうどいい距離で、日光街道歩きの名所としても親しまれています。

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